魚にも「鰆(サワラ)」「魚夏(ワカシ)」「鰍(カジカ)」「鮗(コノシロ)」と、それぞれ四季を表す漢字が当てられているように、樹木にもそれぞれ四季を表す漢字があります。
※魚へんに夏の漢字は無く「魚夏(ワカシ)」が、これに当たるそうです。
樹木の場合は「椿」「榎」「楸」「柊」になりますが、全て読める方は少ないのではないでしょうか。
なぜなら、現代ではたとえば「楸」に該当する樹木は存在しておらず、古語となっているためです。
また、全て読めない方もご安心ください。
本記事を読んで頂ければ、少なくとも四季を表す漢字の樹木については精通することができます。
本記事では、「椿」「榎」「楸」「柊」それぞれの樹木の漢字と歴史について紹介していきます。
最後まで、お付き合い頂けると幸いです。
木(きへん)に”春・夏・秋・冬”の四季の樹木まとめ!椿・榎・楸・柊の漢字の歴史を紹介!
日本の四季は、非常に美しいと言われています。
特に、春の”サクラ”と秋の”モミジ”は、四季の中でも”二大イベント”であり、各名所では国内外問わず、多くの観光客で賑わっています。
しかし、これほどにまで世界的に有名な樹木でありますが、春を代表する「椿」は”サクラ”では無く、”ツバキ”が割り当てられています。
同様に「楸」は”ヒサギ”を表しており、初めて聞いた方もおられると思います。
このように四季折々に変化する樹木が、日本の美しい四季を生み出していますが、木(きへん)にそれぞれの”春・夏・秋・冬”を割り当てた樹木は、必ずしも万人が知る樹木ではないようです。
また「椿(ツバキ)・榎(エノキ)・楸(ヒサギ)・柊(ヒイラギ)」が、どのような姿や形であるかを思い浮かべられる方は少ないのではないでしょうか。
これらの漢字の起源や歴史を理解することで、より四季を代表する樹木への理解が深まります。
本記事を通じて、美しい日本の四季を、より一層楽しんで頂けると幸いです。
”椿(ツバキ)” -春を代表する樹木-
椿(ツバキ)は、”冬を越し春を告げる樹木”として知られています。
ツバキは日本原産の樹木であり、有史以前から日本の各地に自生していました。
冬の終わりから春にかけて、色鮮やかな花を咲かせる樹木であるため、古来の人々にとっても印象深かい樹木であったと思われます。
巨勢山のつらつら椿のつらつらに 見つつ思(しの)ばな巨勢の春野を(坂門 人足)
引用:「万葉集」巻一, 巨勢山(こせやま):奈良県御所市
それでは「椿」の漢字の起源と歴史を見ていきましょう。
その始まりは古く、日本最古の書物「古事記(712年)」や「日本書記(720年)」では、すでにツバキの記述があります。
しかし、この時点では「都婆岐(古事記)」や「海石榴(日本書記)」と記載されていました。
現代の「椿」の漢字が記載されるようになったのは、万葉集(7世紀前半〜8世紀後半)以降とされています。
この万葉集では、ツバキを読んだ和歌が9首あり、そのうちの4首は「椿」で記載されています。
残りの3首は「海石榴」、2首は「都婆岐」と記載されており、万葉集から「椿」への移り変わりを確認することが出来ます。
このように「椿」という漢字は、奈良時代以前に中国から伝わってきました。
しかし、この時代は中国から伝わってくる情報が限られており、また中国には存在する樹木であっても、日本には存在しない樹木も多数あります。
この時代背景の中で、こと「椿」に関しては、木(きへん)に”春”の漢字であることから、春を代表する「ツバキ」が当てられたのかもしれません。
中国では「椿」は「チン」と発音され、センダン科の「チャンチン(香椿)」や「ダイチン(大椿)」を指しています。
また中国では、一般的にツバキ類は「山茶」を指しており、ツバキは中国の一部沿岸部にしか自生していない樹木であります。(以下の記事参照)
以上のことから「椿」は、日本古来では”春の訪れ”を告げる「春を代表とする樹木」として位置づけられていたことが伺えます。
なぜ「椿」は”サクラ”を表さないのか!?
また「サクラ(桜, 櫻)」に「椿」の漢字が割り当てられていない理由としては、多くの漢字の利用が固まった「奈良時代」頃の時代背景が関係しています。
奈良時代は、現代のお花見の原型となった「梅の鑑賞」が人気を誇っていました。(以下の記事参照)
この梅の人気は「万葉集」で詠まれた梅の数からも伺え、桜を詠んだ歌は43首に対し、梅を詠んだ歌は110首であります。
この万葉集では「サクラ(櫻)」と記載されており、多くの漢字の利用が固まった「奈良時代」では、サクラは春を代表とする存在ではなかったことが伺えます。
また、古来の春は現代の2月〜4月を指しています。
そのため、4月に開花するサクラは「春の終わり頃に咲く樹木」として考えられ、春を代表とする樹木とされていなかったのではと考えられます。
以上の時代背景の中で、奈良時代に「ツバキ=椿」としての漢字が割り当てられていきました。
”榎(エノキ)” -夏を代表する樹木-
「榎」も同様に、日本と中国では、表す漢字が異なる樹木です。
中国では「カ」と発音され、これは日本で言う「ヒサギ」を指す樹木として知られています。
なんとも、ややこしいですよね。(次項に解説)
これも「椿」と同様に、漢字が日本へ伝わった際に、夏にふさわしい「エノキ」の樹木に「榎」の漢字が割り当てられたと考えられています。
エノキ(榎)は、樹高20mを超す大木で、枝分かれが多く、非常に目立つ樹木であるため、江戸時代では ”ランドマーク” として一里塚に活用されていました。
特に、夏に枝葉が青々と茂り、涼しげで親しみやすい風情があります。
古来の人は旅のひと休みに、このエノキ(榎)の大きな木陰の下で涼んでいたとされています。
そのため、エノキ(榎)は「夏に日陰を作る木」を意味する和製漢字が当てられ、「榎」と呼ばれる夏を代表する樹木になったと考えられます。(以下の記事参照)
”楸(ヒサギ)” -秋を代表する樹木-
実は”楸(ヒサギ)”は古語であり、現在日本では”楸(ヒサギ)”を指す樹木はありません。
”キササゲ”または”アカメガシワ”のことという。
引用:広辞苑
「楸」の漢字も同様に、中国から伝わり「キササゲ」を指しています。
また中国では「榎」の古語としても、同じく「キササゲ」を指し、非常にややこしくなっている要因です。
日本では、先ほどの「エノキ=榎」と「現在の”アカメガシワ”=楸」が割り当ててられています。
日本では、”楸(ヒサギ)” は「アカメガシワ(赤目柏)」の古名であるとされ、中国から渡来した樹木です。
その歴史は古く、万葉集にもその記載があります。
ぬばたまの 夜の更けゆけば 久木(ヒサギ)生ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く
引用:万葉集 巻6・925 山部赤人
このように万葉集の時代には、すでにヒサギが渡来していました。
ヒサギ(現在の”アカメガシワ”)は、樹高15mで直径50cm以上の大木で、非常に存在感があります。
また、大きな葉を付け、昔は食べ物を盛る”器”として利用されていました。
また秋になると、この大きな葉がいち早く黄色に紅葉し、多数の細長い果実が垂れ下がる姿は非常に印象的であることから「楸」と呼ばれる秋を代表する樹木になったと考えられます。(以下の記事参照)
このことから「現在の”アカメガシワ”=楸」が割り当てられました。
しかし、時代を経るにつれて、陶磁器や木製の食器が普及するようになると、ヒサギの葉の利用が少なくなり、次第に「楸」の字が使われることが無くなっていきました。
その結果、現代では”楸(ヒサギ)” は「アカメガシワ」の古名とされ、現在の日本では、”楸(ヒサギ)”を指す樹木が存在しなくなった所以であると考えられます。
”柊(ヒイラギ)” -冬を代表する樹木-
”柊(ヒイラギ)”も中国から伝来した漢字ですが、中国では「シュウ」と発音されており、葉の大きな「しょうが」の一種を指しています。
日本の「ヒイラギ」は、葉に鋭いトゲがあり、刺さると痛いことから、ヒリヒリと痛む意味の「疼ぐ(ひいらぐ)」が語源とされています。
別名「疼木」とも書き「柊」は略字とされています。
実際に、ヒイラギは常緑樹で、古くより葉のトゲが邪気を払うと考えられています。
これは現代でも、節分にヒイラギの枝とイワシの頭を戸口に刺す風習でも見ることができます。
これらの風習は他の常緑樹でも見られ、古来の人々は厳しい寒さの中でも、青々と茂る「常緑樹」に神々しい生命力を感じてきました。(以下の記事参照)
その中でもヒイラギは、晩秋から初冬にかけて”美しい白色の花”を咲かせます。
このように、冬に存在感が高い”ヒイラギ”に「柊」の漢字が割り当てられ、冬を代表する樹木になったと考えられます。
最後に -四季の漢字の由来-
いかがでしたでしょうか。
このように、”春・夏・秋・冬”の四季を表す樹木は、漢字の利用が固まった「奈良時代」頃にそれぞれの樹木が割り当てられていました。
当時の限られた情報の中で、中国から伝来した漢字に対して、当時の日本の四季を代表とする樹木が当てられ、現代でもそのまま漢字が利用されていることは感慨深いものです。
また、四季を代表する樹木の由来を知ることで、美しい日本の四季をより一層楽しめるのではないでしょうか。
本記事が、その一助になると幸いです。
以上が、”木(きへん)に”春・夏・秋・冬”の四季の樹木まとめ!椿・榎・楸・柊の漢字の歴史を紹介!” になります。最後まで読んで頂きありがとうございます。
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